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さらには右手にある薔薇のアーチ。多分、薔薇の庭園、というやつなのだろう。うろ覚えの記憶によれば、薔薇が咲くのは春が多かったのではないだろうか。実際、薔薇園のアーチには、白っぽい薔薇がぽつぽつと数個咲いている程度だった。
「気になります?うちの薔薇」
ふふふ、とどこか自慢げにしのぶが笑った。
「御祖母様が好きで、みんなでお世話をしているのですわ。家族は白い薔薇が好きな人が多くて、白い薔薇を一番目立つところで育てているというわけ。春が一番咲くのだけど、秋までならぽつぽつ返り咲きするから十分楽しめますよ」
「落葉性樹木だよな、確か薔薇って。冬だけは咲かないみたいなことを聴いたことがある」
「聡明ですのね、蘭磨くんは。……うちの薔薇は多くの薔薇より少し咲くのが早くて、三月末から咲き始めていることもしばしばありますの。今年は四月から咲いて、今の時期はだいぶ減っちゃいましたわ。まあ、それも四季を感じて雅なんですけど」
花に関しては、それこそ齧った程度の知識しかない。
それでも綺麗だな、と思う心はある。花というのは、人が人を想う時に贈るものだ、という認識があるからかもしれない。
誰かの入院のお見舞いに。
誰かの結婚のお祝いに。
そして、亡くなった人への手向けに。
『……花なんて、贈っても意味ないのに。どうして、こういうことするんだろうな』
――……っ!
その刹那、頭に過ぎった光景を蘭磨は首を振って振り払った。確かに、あれは自分自身にもトラウマになった出来事だ。傷が今でも残っているという自覚はある、でも。
――あんなことを、気にしている場合じゃない。思い出している場合じゃない。今は他に、考えるべきことがあるんだから。
守れなかったことをいくら悔んだって、失った時間はけして戻ってはこないのだ。いなくなった人も、去っていった人も、すべて。
そして、自分が犯してしまった過ちも、罪も。
それをいつまでもうじうじと悩んで立ち止まっている暇があるなら、今を見つめて、未来に向かわなければいけない。彼だってきっと、そんなことは望んでいないのだから。
「蘭磨、どうした?」
「あ……」
「薔薇がどうかしたのか?」
つい、足を止めてしまっていたようだった。玄関の前で、不思議そうに信花としのぶがこちらを振り返っている。
「……なんでもない」
ああ、なんでもない。本当だ。薔薇を見て、少し思い出してしまっただけ。今何が起きたわけでもない。
「なんでもないよ」
そして余計なことを考えて、言って、心配をかけている場合でもないはずだ。
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