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<9・特訓。>
ああ、まさか思ってもみなかった。
愛しい人が、こんなに近くにいらっしゃるだなんて。
「お疲れ様です、クダギツネ」
しゅるり、と細長いイキモノが腕に絡みついて消える。管狐の索敵能力は本当に便利だ。敵を知るのみならず、自らの探し物も見つけ出すことができるのだから。
これもきっと、運命か。
自分が両親に連れられて移住したこの日本の地、それも東京に愛しい人もまた待っていてくれただなんて。
やはり、あの人の“妻”は自分こそが相応しい。何やら晩年のあの人は、小姓の男なんぞにうつつを抜かして自分のことなどすっかり忘れていたようだったが。
「早く、早くお会いしたい、信長様……」
その名を口にするだけで、舌の先が痺れた。あの方に狂おしいほど愛された時間を思い出す。確かに元々は政略結婚だった。しかし、いつしかあの方の力強さ、覇道に惹かれ、心からこの人が作る日本を見てみたいと願うようになったのである。
そう、あの事件さえなければ、今のこの令和の世だってどのように変わっていたことか。場合によっては巡り巡って、戦争さえも回避できたかもしれないと思うのに。
――再び転生できた。私だけじゃない、あの方もこの世界に来ている。これは運命。私達は、惹かれ合うさだめ。……必ずお迎えに上がります、信長様……!
電車を降りて、改札を抜け、通りを歩いていく。
クダギツネが齎した情報が正しいのなら、あの方は自分と同じ年に生まれ変わっているはずだ。いくら宝玉が武将たちを蘇らせて回っているといっても、その年齢や性別、国籍にはバラつきがある模様。日本の武将である以上日本人が圧倒的多数だが、中には自分のようにそうではない者もいる。
あの方が今、どのような見た目や性別であっても関係ない。自分が愛する人である事実、運命の糸で結ばれた伴侶であることはゆるぎないのだ。
きっと今、あの方は困ってらっしゃるはず。再び傍に控え、その背中を支えることこそ妻の務めだ。
「……?」
ふと、違和感を覚えて顔を上げた。
自分はさっきまで、賑やかなアーケード街を通っていたはず。夕方なので、ちらほら買い物客も増えている頃合いだった。そういえば自分もドラッグストアで買い物しなきゃいけないな、帰りに買って帰ろうかな――なんて思っていたのも覚えている。それなのに。
――人が、いない?
いつからだろう。周囲から、人影がまったくなくなったのは。
不自然なほど静まり返っている。カウンターに袋に入ったコロッケが置かれたままのコンビニ。
不自然に店の前に落ちているメニュー。
さっきまで人が押していたのを示すように音を立てて倒れた自転車。
まるで、空間が切り取られたような、この感覚は。
「ま、まさか!」
慌てて振り返った、その時だった。
「よう。……お前だな?信長を探している……●●は」
「!」
呼ばれたのは、前世の名。
まずいと思ったのも束の間――意識は一瞬にして刈り取られていったのだった。
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