<12・帰蝶。>

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<12・帰蝶。>

 突然何を言い出すのか。  蘭磨が唖然とする目の前で、少年が右手を前に突き出した。 「申し遅れました。私、エリオット・スターって言います。アメリカから、はるばるこちらまで参りました。元々は両親の都合だったのですが……本当に、こちらに移住して良かったと思ってます。だって、あの方に会えたのですから」  その手に紫色の扇子が出現する。しゅるり、とその扇子に何かが絡みつくのを蘭磨は見た。  そう、白い白い、細長い蛇のようなもの。しかしよく見ればそれにはふさふさの毛と耳とシッポが生えている。爬虫類ではなく、獣だ。 「この子は相棒のクダギツネ。この通り、細長い管にも入れるような体をしているから、管狐って言われるって聴いてます。彼はとても可愛くて優秀。愛しい信長様の場所を私に教えてくれるくらいには」 「お前も……転生者ってわけか」 「その通り。私の前世は、信長様の永遠の伴侶……濃姫。帰蝶や胡蝶と呼ぶ人もおります。そのすべて、私の真の名であったなんてこと、知る人はそうそういないわけですが」  そういえば、濃姫の名前はどれが本物だったのか、定かでないと聞いたことがある。文献によって、書かれている名前が異なっているからとかなんとか。あまりお姫様系の話は詳しくないのでおぼろげにしか知らないが。  そもそも、今までの経験でなんとなく蘭磨もわかってしまっている。自分が知っている歴史の知識が、実際の歴史と大きく異なっていること、あまり役に立たないかもしれないことくらいは。  それこそ存在した者が実際は存在しなかったり、生きてるはずのものが死んでいたり逆に死んだはずの者が生きていたり、なんてこともあるようだ。帰蝶の本名がどれかは元々諸説あるところだし、突っ込むだけ野暮というものだろう。 「歴史書に記されていない事実は多いものです。例えば……私の父斎藤道三が私を信長様に嫁がせた本当の目的は、父が信長様を信用しきれていなかったからだ、ということも。父が、星の宝玉のみならずこの世にはたくさん不可思議なものがあると知っていて、数多くの秘術師や忍を抱え、自らの娘や養子たちを鍛えていたことも。……私が、その忍のトップであったことも」 「帰蝶が、忍だったと?」 「ふふふふ、想像もつきませんよね?びっくりしちゃいますよね?真の歴史とはそういうもの。私も目覚めて驚いたものですから。名前を使う秘術があると知っていたがゆえに、父は私に信長様の元では本名を名乗らせなかった。信長様には濃姫として嫁いだというわけです。まあ、結局私が本当の名前も喋ってしまうんですけど……」
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