<12・帰蝶。>

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 扇子が、キラキラと紫色の光を纏い始める。嫌な予感しかしない。じりじりと蘭磨は後退りした。  前世は帰蝶だったと名乗る彼、エリオットの目は熱に浮かされたようだった。冷静に話しているようでいて、まるで現実が見えていないような眼。どこか、色を失っている眼とでも言えばいいだろうか。  本能的に思う。話が通じる状況でも相手でもない、と。 「ああ、ついついまたお喋りが過ぎてしまいました。これではいけません。あの方に叱られてしまう。信長様を今度こそ私のためにするために、力を貸して下さると言ったのに」  まあとりあえず、と彼はこてん、と首を傾げた。 「前世で暗殺とスパイのプロフェッショナルだった私に、覚醒もしていない貴方が勝てる見込みはないと思います。できるだけ早く降伏してくださいね。いくら憎たらしいあの方の愛人といえど……苦しめて殺すような趣味、私だってないわけですから!」 「!!」  彼はそこまで言い切ると、一期に扇子を振り下ろした。紫色の突風が巻き起こり、こちらに向かってくる。 「踊りなさいクダギツネ!“紫電一閃”!」 「ちょ、ま、待てっておい!くっそ……!」  まったく、どうしてどいつもこいつも信長、信長と!滑り台の後ろに隠れる蘭磨。風が遊具にぶつかり、ぎしぎし、みしみしと嫌な音を立てて軋んだ。  こいつも、しのぶ=信忠と同じなのだろうか。自分が信長の傍にいるに相応しい人間か試すために、このようなことをしているのだろうか。  いや。 「隠れても無駄です!疾っ!」 「わっ!」  いつのまにか接近してきていたエリオットが、滑り台の下に潜り込んできた。扇子が一閃される。ぎりぎりのところで体をのけぞらせた蘭磨は、頬に熱を感じて呻いた。僅かに扇子が頬をかすめたのだ。  空を切る音といい、あの扇子、どうやら鋼鉄製らしい。扇子を振ると、さながら刀で切りつけたようなダメージを与えることが可能であるようだった。つまり、真正面から受ければ痛いどころでは済まないということである。 ――ち、違う……!こいつは、本気で俺を殺す気だ!  しのぶの時もテンパっていたが、今思うと彼女は明らかに手加減していたような気がする。  しかし、エリオットは違う。今の攻撃は確実に蘭磨の首を狙っていた――その首を文字通り刎ねるために。 ――冗談じゃない、殺されてたまるか!  既に、空間は現世から切り離されている。次元の狭間でいくら逃げても、誰かに助けを求めるようなことはできないだろう。信花やしのぶが助けに来ることができるかどうかもわからない。  いや。
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