3人が本棚に入れています
本棚に追加
/70ページ
扇子が、キラキラと紫色の光を纏い始める。嫌な予感しかしない。じりじりと蘭磨は後退りした。
前世は帰蝶だったと名乗る彼、エリオットの目は熱に浮かされたようだった。冷静に話しているようでいて、まるで現実が見えていないような眼。どこか、色を失っている眼とでも言えばいいだろうか。
本能的に思う。話が通じる状況でも相手でもない、と。
「ああ、ついついまたお喋りが過ぎてしまいました。これではいけません。あの方に叱られてしまう。信長様を今度こそ私のためにするために、力を貸して下さると言ったのに」
まあとりあえず、と彼はこてん、と首を傾げた。
「前世で暗殺とスパイのプロフェッショナルだった私に、覚醒もしていない貴方が勝てる見込みはないと思います。できるだけ早く降伏してくださいね。いくら憎たらしいあの方の愛人といえど……苦しめて殺すような趣味、私だってないわけですから!」
「!!」
彼はそこまで言い切ると、一期に扇子を振り下ろした。紫色の突風が巻き起こり、こちらに向かってくる。
「踊りなさいクダギツネ!“紫電一閃”!」
「ちょ、ま、待てっておい!くっそ……!」
まったく、どうしてどいつもこいつも信長、信長と!滑り台の後ろに隠れる蘭磨。風が遊具にぶつかり、ぎしぎし、みしみしと嫌な音を立てて軋んだ。
こいつも、しのぶ=信忠と同じなのだろうか。自分が信長の傍にいるに相応しい人間か試すために、このようなことをしているのだろうか。
いや。
「隠れても無駄です!疾っ!」
「わっ!」
いつのまにか接近してきていたエリオットが、滑り台の下に潜り込んできた。扇子が一閃される。ぎりぎりのところで体をのけぞらせた蘭磨は、頬に熱を感じて呻いた。僅かに扇子が頬をかすめたのだ。
空を切る音といい、あの扇子、どうやら鋼鉄製らしい。扇子を振ると、さながら刀で切りつけたようなダメージを与えることが可能であるようだった。つまり、真正面から受ければ痛いどころでは済まないということである。
――ち、違う……!こいつは、本気で俺を殺す気だ!
しのぶの時もテンパっていたが、今思うと彼女は明らかに手加減していたような気がする。
しかし、エリオットは違う。今の攻撃は確実に蘭磨の首を狙っていた――その首を文字通り刎ねるために。
――冗談じゃない、殺されてたまるか!
既に、空間は現世から切り離されている。次元の狭間でいくら逃げても、誰かに助けを求めるようなことはできないだろう。信花やしのぶが助けに来ることができるかどうかもわからない。
いや。
最初のコメントを投稿しよう!