3人が本棚に入れています
本棚に追加
/82ページ
すぐにトドメの一撃が来るだろう。その前に何かしなければ。少なくとも起きて逃げなければ、万に一つも生き残れる可能性はないというのに。
――なあ、森蘭丸。お前もそう、だったのか?お前は、本当に満足して死んでいったのか?多分、主君の信長より先に死んだんだろ?わざわざ明智光秀に頼んで首を刎ねてもらったんだろ?……生きて、主君を守りたいとは思わなかったのか?
心の奥底に、いるかもしれない存在に呼びかける。
――俺だったら、嫌だ。
ぎゅう、と血だらけの手を握りしめる。指の数本は折れていて、歪な拳しか作れない上、酷く痛むがそれでも。
――だってそうやって死んだら、本当に大切な人を守ったことになんてならないだろ。命を守っても、心を守れなかったら何の意味もないじゃないか。……本当に愛してるなら、最後まで守り抜けよ。何でその選択を取らなかったんだ?きっと……。
きっと傷つけた、苦しめた。
少なくとも、信花にあんな顔をさせるくらいには。
――嫌なんだ、あいつが泣くの。出会ったばっかなのに、過去の記憶なんかないはずなのに、そう思うんだ。
それは森蘭丸の記憶がそうさせるのか?それとも今の森蘭磨の心がそうさせるのか?自分にはわからない。
でも、少なくとも今自分の脳裏に去来するのは、まだ出会ったばかりの信花の顔と声ばかりなのだ。
『会えて嬉しいぞ、我が愛しの者……森蘭丸よ!』
『避けよ、蘭磨!』
『儂は……儂は結局、何一つ守れなかった!森の中、逃げている時何度も何度も己を呪うた、己の無力を嘆いた!大義のためとはいえ、儂一人生き延びてなんとする?最愛のおぬしを守れなかったこと、儂は転生してもなお忘れることはできなんだ!』
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおん!嫌じゃああああ、儂も蘭磨と一緒に帰るのじゃああああああああああああああああああああああ!補習なんて嫌なのじゃああああああああああああああああああああああ!!』
かっこいい記憶も、しょうもない記憶も、笑顔も困り顔も怒った顔も全部。
本当に出会ったばかりなのに、全部全部自分の中に刻まれてしまった。あまりにも迷惑な話だ。知ってしまえば抜け出せない、深く関わってしまえば見捨てられない、そういう性分だというのに。
――守りたい。
守りたい。
そのために、まずは自分自身を。
――答えろよ、森蘭丸。お前は……!
「お前は、本当に……未練は、ないのかっ……!」
呻きながらも、吠えたその時。
頭の中に、赤い炎の景色が蘇ってきたのである。
最初のコメントを投稿しよう!