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***
燃えている。
赤い炎が全てを舐め尽くし、食らいつくそうとしている。誇り高いものも、愛したものの、何もかも全てを平等に。
『……さ、ま』
自分――森蘭丸は咳こみながら、ひたすら歩を進めた。天井があちこち崩れ落ち、奥の間へ行く道を塞いでいる。畳の上、誰かが倒れている姿が見えた。もはや、味方なのか、敵なのかもわからない。背中をばっさり切られているらしいことは見て取れたが、それだけだ。炎という怪物に飲みこまれ、焼け焦げていく臭いが充満している。
あの方では、ない。
それだけはありえない。
あの方はもっと立派な体格だった。それだけが唯一の救いである。
なんとも酷い話だ。あそこに、そこにと転がっている者達が、今まで何度も語らい酒を飲み交わした者達であったかもしれないのに。
『どこに、いらっしゃるのですか、お館様……!』
げほげほと咳をすると同時に、地面に紅蓮の花が咲いた。さきほど敵に胸を突かれた時、既に致命傷を負っていたのかもしれない。右胸がずきずきと痛む。恐らく、肺の臓をやられたのだろう。苦しい、痛い、苦しい。――恐らく、この寺はもう長くもつまい。このままならば自分も燃え盛る炎に飲まれるか、あるいはそれよりも前に傷のせいで命を落とすかのどちらかなのだろう。
もしくは敵と遭遇して、あっさりと首を落とされて終わるのか。案外それが、一番楽な死に方なのかもしれなかった。
だが。
――立ち止まるわけにはいかない。
ぎりりり、と奥歯を噛みしめ、再び立ち上がる。眼も霞み、息も絶え絶えで、あと幾何もない命とわかる。もし再び敵と遭遇しても交戦するだけの力は残っていないだろう。
それでもだ。
まだ倒れるわけにはいかない。まだ死ぬことは許されない。一番奥の間に、外へ通じる隠し通路がある。あの方に、そこから逃げて貰うよう進言しなければ。きっと屈辱だと御怒りになられるだろうけれど。そのようなこと、武士の名折れと罵られるかもしれないけれど。
――それでも、私は……貴方に、生きてほしい!。
『あ、ああああああああああああああああああああああああああああっ!』
吠えた。目の前に襖に、今まさに飛び込もうとした敵を前に。
そいつが振り向く。私は気合で短刀を握ると、そいつの喉元を切り裂いた。
――あと少し、少し!どうか、私と朽ちるまでともに戦ってくれ……不動行光よ!
どう、と音を立てて崩れ落ちる侍。襖を開け放ち、私は叫んだのだ。
そう、愛すべき、我らが主君の名を。
『ご無事ですか、信長様!』
――ああ、そうだ、これは……俺の、私の、記憶。
自分が殺したばかりの侍の屍を乗り越えて、部屋に乗り込む。そこにいたのは、あぐらを掻いて畳に座る織田信長と、その前に向き合っている明智光秀の姿だった。
『蘭丸!』
二人は驚いたように振り返った。そこでようやく、そういえば自分も結構酷い姿をしていたな、と思い出したのである。主君が自ら贈ってくれた袴は血まみれで、あちこち切り裂かれて穴もあいている始末。髪も乱れ、顔に血と一緒に張り付いている。
そんな顔をさせたかったわけじゃないのに。そう思いつつも、今はまだ安堵が勝っていた。
良かった、愛する人はまだ、生きている。
『ら、蘭丸、そなた、酷い怪我を……』
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