<13・未練。>

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『申し訳ありません、お館様。此処まで辿り着くのに手間取ってしまって……我ながら、方向音痴が治りませんな、はは』  冗談を言ってみたが、信長も光秀もちっとも笑ってはくれなかった。まあ、きっとバレてはいるのだろう。自分が可能な限り攻め入ってきた敵を斬って安全を確保してから来たことなど。  そう、特に。計画通りならば、本能寺から信長は一人脱出することになっているわけで。その時、寺周辺に潜んでいた敵に殺されてしまっては何の意味もないのだ。いくら信長の剣術が鬼人のごときそれであるとしても、多勢に無勢では限界があるのである。 『……謝らねばならないのは、こちらの方だ』  光秀がどこか泣きそうな顔をして言った。 『申し訳ございませぬ、お館様。それから、蘭丸も。……我らが今宵偽装工作をしようとしていたことが、どこぞに漏れていたようです。寺に火を放ち全てを燃やし尽くしてしまえば、実際は死者がほとんどおらずともわからぬ、死体の数など数えようがないと考えておったのですが』 『やはり、どこぞに間者がおるか』 『その可能性は高いように思います。我らが火を放つより前に、影の鳥が襲来し、このザマにございます……』 ――そうだ。そう、思い出した、俺は……!  本能寺の変の真相は、こうだ。  あの日、明智光秀は謀反を起こしたと見せかけて、信長がいる本能寺に火をかける予定だった。実際は信長と、寺に残っていた手勢のほとんどは秘密裏に脱出。燃え盛る寺そのまま焼け落ち、死体の数さえ有耶無耶になる算段だったのである。  ゆえに史実よりも、かなり少ない数の手勢しか寺には残っていなかったのだ。  唯一死ぬ予定だったのは、蘭丸のみ。  織田信長本人の首を掲げることはできずとも、その右腕の蘭丸の首は取れる。蘭丸を討ち取れば、織田信長の死体が出ずとも信憑性が増すだろうと。無論これは、蘭丸が自ら言い出したことである。  ところが、手違いが起きた。  光秀の軍が寺を取り囲んだ直後、別の者の手によって寺から火の手が上がってしまったのである。当然、信長も部下たちも皆逃げる暇もなかった。  最終的に光秀の軍は信長を討つためではなく、燃え盛る寺で多大な犠牲を出しながら影の鳥の者達と戦うことになったのである。  真の主たる、織田信長を生かすために。 『残念ながら、信長様の部下で生き残っているのは、もはや私だけだと思われます』  織田信長は、自分達にとって最後の希望。絶対に潰えさせるわけにはいかない。  ゆえに、蘭丸は。 『影の鳥は、表に出てくることなき存在。此度の犯行声明も出さぬでしょう。ならば予定通り、こたびの反乱は光秀様が起こしたことにしてください。信長様は亡くなったことにして、どうか規定の道から脱出を』  手違いがあったとしても、関係ない。  自分は使命を全うするだけだ。 『光秀様。予定通り……この蘭丸の首を、持っていってくださいまし』  どっちみち、自分はもう助からない。  ならばこの命、愛する人を守る盾として使うのみだ。
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