<14・記憶。>

3/4

3人が本棚に入れています
本棚に追加
/82ページ
「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」  咆哮と共に、手にしたもの。それは、鍔に菊をあしらった見事な短刀だった。  これを信長から拝領した経緯に関しては史実と伝わっていることとさほど変わりがなかったりする。彼はこの不動行光という刀を大層自慢しており、肌身離さず持ち歩くほど溺愛していた。本来ならば、別の誰かに譲ることなどありえない刀であったことだろう。  それを他者に託すことを選んだのは多分――信長が実のところ、身内の者達と真の家族になることを望んでいたからに他ならない。同時に、きっと待ち望んでいたのではなかろうか。己の魂の相棒となる、己と共に修羅の道を歩んでくれる同志を。 『この鍔にある菊。この数を正確に答えることができた者がおったならば、儂はこの刀をその者に預けようと思う!』  菊の数。口々に集まった部下たちが答える中蘭丸は一人黙っていた。非常に気まずかったからだ。ちょっと前に信長から刀を預かった時、あまりに見事な意匠に惚れ惚れしてしまって、菊の数までしっかり把握してしまっていたからである。  多分、他にも答えを知っている者はいただろう。正確に答えている者の中にはそういう者もいたはず。しかしなんとなく、ここで既に分かっている正答を告げるのは卑怯であるような気がして、蘭丸は声を上げられなかったのだった。  ひょっとしたら、信長もわかっていたのかもしれない。だって厠の折に、蘭丸に何度か刀を預けたことがあるのか彼だって覚えていたはずなのだから。蘭丸が黙っていると、彼は“そなたは答えぬのか”と尋ねてきた。ゆえに蘭丸は。 『いえ、その……流石にとうに知っている答えを言うのは卑怯が過ぎますので』 『卑怯?』 『だって、信長様にその刀を預かったことは何度もございますから。あまりにも見事な刀で、惚れ惚れしてしまって、菊の数くらいならばとうに数えてしまっておりますゆえ』
/82ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加