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「もしそのままコピーしたなら、ギアはドライブのままだったはずだな。なんでパーキングになってたんだ?」
停車していて、運転手が中で休んでいた可能性もゼロではないが。それ以上に考えられる可能性は――。
「ひょっとして、狭間の空間へのコピーは“動画”ではなく“写真”を撮影するようなもの、なんだろうか」
「わたくしも、同じように解釈しておりますわ」
蘭磨の言葉にうなずくしのぶ。
「写真のように……静止画の状態で模倣するのです。でも、そのためには“停止している”状態でなければいけない。写真は動きませんものね。……それに最低限の挙動で近づけるため、多少空間が手を加えるのでは?わたくしはそのように考えております」
つまり。
走っている車からそのまま運転手だけ喪失したら、車は惰性で走り続けてしまう。
だから停まっている状態にするために、ギアをパーキングに入れたというわけだ。エンジンを切って完全に停止していなかったのは、その方が工程が増えるからだろう。限りなく模倣した瞬間に近づけて、かつ停止していて然りの状態へ調整する。どうにも、あの空間はそのように働く傾向にあるらしい、ということだ。
「狭間の空間に出入りする方法は、儂らならば極めて簡単じゃ」
信花がしれっとエリオットのほっぺをつつきながら言った。
「さっきも言ったように、狭間の空間はこの世界のすぐ裏側にある。いわば、二枚重なった紙のようなものじゃ。表の紙をひっぺがせば、すぐに裏の紙が露わになる。表の空間をちょこっとひっくり返してドアのように開ければ、そのすぐ裏側の狭間の空間に行くことができるのよ」
「どうやってやるんだ、それ?」
「この空間そのものに、意識を集中させるのじゃ。人ではなく、空間にのう。覚醒した蘭磨ならできるはずじゃ、やってみるといい」
「は、はあ……」
空間そのものに意識を集中させる、と言われても。蘭磨は戸惑いながらも、部屋を見回した。
豪華な革張りソファー、よくわからない絵画、謎の甲冑。この部屋全体の景色をぐるりと見渡し、その風景を頭の中に描いて強く意識した。一瞬、目を閉じる。瞼に焼き付いた部屋の風景。その風景の裏側にある、ナニカ。
「!」
目を開けた時、蘭磨は小さく声を上げていた。
空間に、小さな罅割れが見えたからである。それも一つや二つではない、無数の罅割れだ。
よく見るとそれは罅というより、ジグソーパズルのピースのような形状をしている。
「な、なんか、世界がパズルみたいになっているように、見える」
「ほう。そなたにはそのように見えるんじゃのう。人によって見え方は様々であるようじゃが」
ふむ、と信花は頷いた。
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