<19・浅井。>

1/4
前へ
/105ページ
次へ

<19・浅井。>

 蘭磨が知っているのはあくまで“史実”の織田信長のみ。実際の歴史とはだいぶズレがあったとなると、どこまで本当かは怪しいところである。自分の蘭丸としての記憶も相当とぎれとぎれで、殆どが本の字の変直前に集約しているから尚更に。 「日本では、結構有名な方なんじゃないでしょうか」  エリオットは眉間に皺を寄せて言った。 「本人達はそれぞれ、前世が浅井長政とお市の方と名乗ってました」 「あ、あああああ……」 「やっぱりそのへんが来ますか、そのへんが」 「ある意味ものすごく妥当なところではあるのう」  上から蘭磨、しのぶ、信花の反応である。浅井長政は、織田信長とは特に因縁のある武将だと言っていいだろう。  浅井氏に関して語れば長くなるが、かの人の有名なところのひとつは若干十五歳という若さで野良田の戦いの戦いに勝利した点である。かつて父の浅井久政の時代、浅井氏は六角氏の配下に下ったわけだが(これは久政が父親の亮雅と違って、武勇に優れていなかったからだとされている)、この六角氏に浅井家は随分とナメ腐った態度を取られていたという。  具体的には嫡男に六角義賢から一字を取った“賢政”という名前を名乗らせたりとか、六角家の家臣である平井定武の娘をその賢政の妻にさせたりとか。まあようするに、適当にパシリにされて見下されていたと言えばいい。  そりゃあ、浅井の家臣たちは激おこぷんぷん丸である。こんなナメられて黙ってるんじゃねえよ!となったものだろう。しかし先述した通り、浅井久政はチキンだった。それはもう、史実に残るチキンハートだった(でもって口だけは結構達者だったっぽい)。その結果家臣たちがついにぷっつんして、久政を半ば強引に隠居に追い込み、浅井長政に浅井家3代目の家督を継がせたという流れである。  ちなみに、長政と先の“賢政”は同一人物であり、この戦いの後に六角氏からの独立に意思表明としてこの屈辱的な名前を返上している。さらに六角氏から貰った奥さん(平井貞武の娘だった)も六角氏にお返しして完全に縁を切ったのではなかっただろうか。以前ちょっと調べた時に、振り回された奥さん結構気の毒だなーと思ったのでよく覚えている。 「俺の知識が正しいなら、浅井長政って元々は織田と同盟結んでたよな?」  いろいろと思い返しながら言う蘭磨。 「美濃の斎藤氏を牽制するため、だったか。最初は久政の盟友だった朝倉義景を立てて、織田との同盟をするべきかで結構揉めたっぽいけど」 「うむ、そのへんの流れは史実と儂が知る記憶であまり相違はないぞ。儂としても浅井の力はどうしても欲しかったのでな、かなり浅井にとっても益のある条件を提示したはずよ」
/105ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加