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***
「……」
暫く、信花は言葉が出なかった。
あまりにも凄惨な過去。そんなものが、まだ小学校低学年の少年の身に襲い掛かったというのか。
「まあ、それ以来さ。……二年四組のこと自体タブーみたいになってるんだ。きっと、他の奴らも気づかなかったことへの負い目もあるんだろうな」
俺もそうだけど、と轍。
きっと彼も、この数年ずっと考えていたのだろう。友人が多い彼のこと、そのクラスにも親しい友達がいたのかもしれない。二年生ということは、一年生で同じクラスだった人も数名はそのクラスにいたはずなのだから尚更に。
「……儂には、わからぬ」
なんとなく、轍になら本音を言ってもいい気がした。だから信花は呟く。
「一番悪いのは、そのいじめを主導していた女王様ではないか。なんで、それからみんなを守ろうとした蘭磨が責任を感じなければならぬ?そもそも、友達というのは“一方的に守る”ものではないはずではないか。一緒に戦うとか、お互いに支え合うとか、そういうものではないのかの?」
「そりゃ間違いない。俺も、蘭磨のそのへんの考えはちょっとズレてると思ってるぜ?でも、想像はつくんだ。多分あいつ、無自覚に“自分は他の奴より強い”って意識があるんだろうな。喧嘩が強いとかじゃねえ、メンタルって意味で」
「メンタル?」
「そうだ。あいつ、自分に対する悪口とか嫌がらせとかは全然平気だったみたいでさ。他の奴らが苦しんでるのを見て、じゃあ自分がもっと盾にならなきゃみたいに思ってたったんだろうなっつーか?……だから、強い自分が、クラスのリーダーの自分が弱い奴らを守るのが義務みたいに、そう思ってたんじゃねえかなあ」
これはあくまで想像だけどさ、と轍。
「で、守れると思ってたら、見落としてたことがたくさんあったことに最悪の形で気づいちまったっていうか。それで多分、もう見落とさないように、持てる荷物を減らしにかかってるっていうか?」
「言いたいことは、わからなくはないが……」
「だろ?でもってあいつの極端なものは、持てる荷物を減らす代わりに、持ってる荷物は死ぬギリギリまで守ろうとするってところだと思う。……今年に入って俺、もう二回見てるんだよなあ。うっかり道路に飛び出した近所の子とか、クラスの奴とかを庇ってんの。あれ、一歩間違えれば死んでたと思うんだけど。ほんと、心臓悪いからやめてほしいんだけど、人が言ってやめられるもんじゃねえんだろうな」
「…………」
それは、と信花は俯く。
きっと、蘭磨は気づいていない。それそのものが心の傷だと。トラウマを払拭するために足掻いている行為だと。
『余計なものは抱え込まないことにした。手の届くものだけ、死ぬ気で守ればいいって。それが、俺の為だからさ』
蘭磨の言葉が蘇る。
彼が言っていることは間違っていない。彼には回復能力があって、それを盾に敵に突っ込む戦法は合理的でさえある。しかし。
――死ななければ安いなんて、本当はそんなことはないのだぞ。死にさえしなければ皆を傷つけないなんてことは、けして。
信花は思う。
自分は蘭磨の為に、彼の心を守るために何ができるのかということを。
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