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「運命の赤い糸」
生まれた時より存在し、結ばれる運命にある二人の小指と小指を繋ぐとされている。
しかし運命の糸は良縁だけでなく、黒い糸で結ばれる悪縁もあるということは、一般的に認識されていない。
「運命の黒い糸=悪縁」
もし、それが見えてしまったら?
「お先に失礼します」
業務を終え、賑わうオフィスを傍目に退社していく一人の男性。
上司や同僚は今から飲みに行くと話しているが、そんなコミュニティに一切参加しない。
それが彼、葉山泰造。
大手企業でシステムエンジニアとして働く、会社員の三十二歳。
そんな彼が抱えている、誰にも知られぬ秘密。
「運命の黒い糸が見える」、先天的な特殊能力の保持者ということだった。
そんな彼が心得ていることは、「最低限しか人と関わらないこと」。
下手に関わるから、相手に期待や失望の感情が生まれ、関係に歪みが出てくる。
だから業務以外は一切の関わりは持たず、仕事関係者以外で人と関わりを持つなんて論外だった。
それを座右の銘としていたから、現在まで誰とも黒い糸で繋がることもなく生きてこれたと自負している。
しかし、そんな生活を脅かそうとする存在が現れてしまった。
夜八時。
長引く梅雨の湿っぽさに体の怠さを感じつつ、単身用アパートに帰宅すると、部屋の前にある人影。
黒髪のショートヘアで丸顔、泰造の頭一つ分以上に小さい小柄な女性が、こちらを見て一言。
「今日も作りすぎてしまって。良かったら食べてもらえませんか?」
差し出してきたのは、赤色の簡易容器に詰められた惣菜だった。
「……あ。どうも」
泰造が差し出してきたものを受け取ると、彼女は一礼し隣の部屋に戻っていく。
その姿を見届けた泰造は、受け取った簡易容器をただ眺めていた。
彼女の目的は何かを思考しながら。
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