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悪縁の相手と繋がってしまう、運命の黒い糸。
しかし一般的に言い伝えられている、「運命の赤い糸」と異なる点が一つある。
赤い糸は生まれた頃より一生繋がるものとされているが。黒い糸は出現や消失を繰り返すものであり、また色合いも変わっていくことだった。
茶色がかった黒とされる「黒褐色」程度なら軽い人間関係の捻れであり、糸で繋がったままでも共に生活可能。皆、折り合いを付けて人間関係を保っている。
しかし「漆黒」ほどに、どす黒くなるのは深すぎる悪縁であり、いずれも破綻していく運命だと泰造は目の当たりにしている。
幸い彼女と繋がった糸はまだ黒褐色で、この段階なら折り合いをつけた人間関係を継続可能。
一番の円満解決は和解をして悪縁のみを断ち切り、黒い糸を消失させる方法だが。一度嫌悪感を抱いた相手への印象を変化させるのは困難で、現実的な解決方法ではない。
だからこそ前みたいな関わりのない生活を送り、悪縁と共に縁も切り、黒い糸を消失させるのが最良の方法だった。
だから泰造は彼女と二度と関わりを持たず、このまま穏便に縁を切ることを願った。
しかし隣人は、こちらの気も知らず接してきた。
共に出勤しようと待ち伏せのようなことを繰り返したり、変わらずお裾分けを持ってきたり、何かと理由をつけて話をしようとしたり。泰造はその度に彼女を遠ざけようとするが、女性は対応を変えてこなかった。
そんな日々が過ぎ一週間。
運命の黒い糸は消失どころかその色を濃くし、関係性が修復不可能となる漆黒色に類似していく。
ここまで早期に起こる、黒い糸の変色を目の当たりにするのは初めてであり、彼の精神までもが崩壊の一途を辿っていた。
ピンポーン。
無意識に身をすくませる、悪魔のような音。
小指より伸びる先は玄関へと繋がっており、訪問者の確認など必要なかった。
乱暴に玄関ドアを開けるとそこには隣人がおり、また簡易容器を持参して俯いている。
その姿は小刻みに揺れ、まるで愚かな自分を嘲笑しているように心付いた。
その瞬間に湧き上がる、自責の念。
自身の脆弱さと醜い本性を見透かされた羞恥心。それに耐えられず。
「あんたに何が分かる!」
気付けば、そう声を荒らげていた。
「俺のこと最低な人間だと軽蔑してるんだろ? 自己中なクズだとか思ってるんだろ?」
泰造の怒声に対し、こちらを真っ直ぐな目で見つめてくる隣人女性。
「な、何言ってるのか。分からなくて。……ただ、私は……」
恐怖からか言葉が続かない彼女に、泰造は容赦なく捲し立てる。
「あんた目障りなんだよ! 二度と顔見せるな!」
そう言い放ち、立ち尽くしている女性を感情のまま突き飛ばすと、彼女は力なく倒れてしまう。
「……あ」
その光景にようやく我に返る。
元々の性格が穏やかな泰造にとって理解し難い暴挙で、混乱の中彼女を起き上がらせようと手を伸ばすと、その指が視界に入った。
小指より伸びる、漆黒の糸が。
この人間関係は修復不可能。そう告げられた。
「……え? 何、この色?」
女性はそう呟き、泰造と自身の小指に何度も視線を送り混濁の表情を浮かべているが。彼は玄関ドアを強く閉め、その場にへたり込んでしまう。
気付けば体全体が小刻みに震えており、自身の小指をただ傍観していた。
自身の過ちに苛まれながら。
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