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髪はセットせずに流されている。服装はいつも通り黒を基調とした細身のパンツとティシャツというラフな格好だ。
それでもどこか、外出前の大和は家でくつろいでいる時とは雰囲気が違う。今日も彼は見知らぬどこかへと向かって遠ざかっていくのだということを実感させられた。
それを考えると彼の腕に縋り付いてしまいそうで、思考を切り上げるように視線を逸らし、口を開いた。
「ちょっと、お仕事を」
「じゃあ区切りよくなったら一緒に飯食おう」
この部屋はいつも無音だから、大和の声が聞こえなかったふりはできない。返す言葉が見つからず、少し考え込んでいる間に優しく腕を掴まれた。
「……いや、やっぱ嘘。区切りよくなくても構ってよ、ひかり」
大和の手があっさりと私の携帯を掴んで彼のポケットに入れる。鮮やかな行動にあっけに取られているうちに、彼は呆然とする私の視界に入り込んで笑った。
「はい、仕事終わり」
「ちょっと、大和」
「一緒に飯食おう。どうせこんな時間に連絡入れてくるやつなんてろくな人間じゃねえよ。ひかりは今勤務時間じゃないだろ」
至極真っ当な意見だ。ぐうの音も出ず、携帯を取り返す意思を失ってしまった。
「まあ、そうだけど。食べる気なかったから、大和の分しかないよ」
「じゃあ俺が食うとこ見てて」
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