843人が本棚に入れています
本棚に追加
街の喧騒が混じった声が聞こえる。その声が、確かに昨日も聞いた水野愛子のものであることを感じて、張り詰めた息が解けた。
生きている。彼女はまだ、私と同じ世界にいる。その奇跡に泣き出してしまいそうで、必死に堪えた。
「それは全然大丈夫だけど。本当に怪我してないの?」
のろのろと立ち上がり、髪を結んでから仕事用の鞄を引っ掴む。
「あはは、してないよ」
「……本当に? 少しもしてない? 嘘吐いたら怒るんだからね」
「してないしてない。ってかひかりさん怒ったとこ見たことないし」
「嘘だったら怒るよ! 今から確かめに行く」
誰もが『行ってきます』と言って戻らなくなった。もう二度とこんな思いはしたくない。私の真剣さが届いたのか、水野愛子は少し黙り込んでから現在地を囁いた。
場所を聞いてすぐに部屋を飛び出し、車に乗り込んだ。なるべく近い道を選んで車を走らせ、十分もしないうちに目的地に辿り着く。そこから走って建物の中に入り、目の前の人影に思わず大きな声を上げた。
「愛子ちゃん!」
「あ、ひかりさん」
たしかにその場所に、水野愛子は存在していた。
警察署の長椅子に座っている彼女を見とめた瞬間、堪えられずに体が動いた。
「ひかりさん!?」
立ち上がりかけている水野愛子の体を抱きしめて、めいっぱい息を吸い込む。
ここにいる。確かに生きている。今度こそ私はどうにかして間に合うことができた。
「よかった……。よかったぁ」
最初のコメントを投稿しよう!