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 菜箸が音を立ててフローリングに落ちて、転がっていく。呆然とその先へと視線を向けていた。 「ですから、最も近くにお住まいの奥様にご連絡に伺った次第です」  大和は舞台の稽古場で大道具の崩落に巻き込まれかけていた子役を助けるために身を投げ出し、軽傷を負ったのだという。しかしそれよりも、連日の無理が祟ったのか、気を失ってからしばらく目を覚ますことがなく、医師から経過を伺う必要があると判断されたため、私にまで連絡がきた。  極度の疲労とストレスが原因で、しばらくは安静が必要、というのが溝口から聞かされた大和の状態だ。  ――自分に何があろうと奥様には連絡をしないでほしい、と言付かっていたのですが。  憔悴しきった私を車で送り届ける最中、彼は当然のようにその言葉を口にしていた。  大和は自分の身に何があろうと、私には知らせるつもりがなかった。  私が、何を仕出かすか分からないからだ。  昨日も大和は、なかなか寝付けない私に寄り添って、私の頭を撫で続けていた。 『気にしないで寝ていいから』 『べつに、俺が眠くないだけ』  大和は大嘘吐きだ。  車の窓に映る外の世界は雨で、道を歩く人は誰一人いない。夜の街は大粒の雨に光を滲ませていて、視界が嫌に眩しい。こんな夜にも世界は明るくて、星の光はどこにも見えなかった。 ――でも、わたしだってひとのこと、大嘘吐きだなんていえないね。
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