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目の前を歩く男性の背中はまっすぐに伸びていて、生真面目そうな目に見つめられる恐ろしさだけが今の私を奮い立たせていた。
そうでなければきっと私は正気を失って、裸足でここまで駆け出していただろう。馬鹿馬鹿しい妄想に苦笑しつつ俯くと、履いているサンダルが左右で全く違うものになっていることに気づいた。
「星さん?」
「あ、すみません。大丈夫です」
立ち止まった私を振り返るその人はちらりと私の足元を見て、何事もなかったかのように先へと進んでいく。
私が取り乱していることなど容易に察せられていた。彼はそもそも、私と大和が婚姻に至った理由や、現在の関係性や、大和の持つ私への感情についても知っているかもしれない。
私なら、信頼するタレントが相手なら結婚相手がどのような人なのかくらい、それとなく聞き出すだろうと思う。
そして万が一、その相手が私のような人間だったとしたら。
「こちらです」
「……ありがとうございます」
個室のスライドドアが開かれて、部屋の中心に眠る大和の姿が見える。その瞬間、駆け寄りたくなる足に強く力を入れて、ゆっくりと息を吐いた。
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