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 セルフ内見という不動産会社に鍵を取りに行って、一人で内見をすることができるシステムを選んだのも、一人でじっくりと部屋を見つめて、心を整理しようと思っていたためだ。 「いえ、この部屋で大丈夫です」  独身時代は1LDKの部屋に住んでいた。この部屋の二倍以上の床面積の部屋だ。  今の事務所で働き続けるのなら、もう少し広い部屋に住んでも問題はない。けれど、これ以上広い部屋に住む気にはなれなかった。  空白が大きいほど、幸福な過去を思い出して後悔してしまいそうだ。どうしても後悔したくなくて――後悔しているところを大和には見られたくなくて、あえて狭い部屋を選んだ。  セキュリティには多少こだわって、治安のよさそうな地域を選んだつもりだ。  もしも仮に別れを告げた時、大和が心配して部屋を見たいと言ったとしても、何も不安に思われないように。 「窓を開けてみてもいいですか?」 『はい! もちろんです。鍵の開け方わかりますかね』 「大丈夫だと思います」  一言声をかけて、難なく鍵を開けてから窓を開き、下を見下ろす。  部屋は二階で、ベランダはない。
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