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 誰にも聞かせるつもりのない言葉がこぼれ落ちて、眦から涙が流れた。  ずっと、ずっと前から、形にならないようにと目を逸らし続けていた。笑顔に触れると胸が痺れてしまう意味も、無理をされると、耐え難いほどに息苦しくなるわけも、大切に抱きしめられると、どうしようもなく心が震えて、泣きたくなってしまう理由も。  すべて、言葉にしたら、大和を縛り付けてしまいそうで――どうしてもそうしたくなくて、ずっと黙り込んでいた。  容姿の整っている人や、美しい人にはたくさん出会ってきた。そういう人に恋心を抱くことはなかったし、今後もそうだと思い込んでいた。  恋に理屈なんてない。思いを粉々に砕いてなくすことができるなら、私は何度でもそうして彼への心を消してしまっただろう。  けれど、結局はこの思いを消す方法なんてどこにもなくて、大切な宝物のように胸に隠したまま、大和のそばを離れることにした。 「やっぱ、り……離れたくない、なあ」  頭の中で整理を繰り返しているのに、口から出る言葉が少しも納得していなくて、泣きながら笑ってしまった。  どんなときにもまっすぐに私を見つめる瞳が好きだ。相手の気持ちを理解しようと努める誠実さも、仕事に対する真面目さも、少し自分を犠牲にしすぎるところも、本当はすべて素敵だと思う。
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