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 魚をさばく私の肩に顎を乗せて、楽しそうに囁く。そのとき手先に集中しすぎていた私は返事がおざなりになって、彼は何を思ったのか結んでいた私の髪を解いた。 『ちょっと』 『うん?』  手を止めて振り返ると、大和は可愛らしく首を傾げてとぼけた顔をしていた。 『集中してるのに』 『うん、構ってもらおうと思って』  ――思い出がありすぎて、何を見ていても大和の声が浮かんでくる。諦めて手を止めたら、ちょうど玄関の方で鍵が開く音が聞こえた。  無意識に目が戸棚のガラスに映る自分を捉えて、安堵の息を吐く。目は充血していない。瞼も腫れが引いたように見える。  しばらく冷やし続けたおかげで、私の顔は四時間前まで散々泣き続けていたとは思えない見た目に戻っていた。 「ひかり?」 「うん? おかえり」  玄関から顔を出した大和が、開口一番に私の名前を呼ぶ。その声に顔を出したら、大和は一瞬目を見張って、小さく笑った。 「ただいま。何早く帰ってきてんの」 「ええ? いいでしょたまに。私も定時で上がったりするんです」 「めっちゃ食い物買ってきたし」  言いながら手に持っている袋を見せられる。彼は私と同じようにパンパンの荷物を持っていた。
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