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 大和はいかにも重そうな袋をキッチンの床に置いて、一つ息をついた。その動作が、少し前までの私と全く同じで少しおかしい。  大和は私の心など知らずにやれやれとおどけて肩をすくめ、やがて袋の中を取り出した。 「何買ってきたの?」 「コロッケに必要なやつ」 「コロッケ!」  予想外の返答に思わず笑い声を上げてしまった。大和は有言実行の人だから、本気で料理をしようとしていたことは知っている。  ただ、夫婦二人して全く同じことを考えていたのがおかしかっただけだ。 「私もじゃがいも買ってきちゃった」 「え、コロッケ作ってんの?」 「うん、大和の好物だから」  滅多に言わない本音を口にして、ちらりと顔を覗き見る。その途端、大和は私と同じように声をあげて笑った。 「え? ひかりも好きなんだと思ってたんだけど。俺がめちゃくちゃ食うからニコニコしてただけ?」 「ニコニコしてた?」 「うん、すげえ可愛く」  大和は私の息が止まってしまいそうなセリフを、明日の天気を告げるようにあっさりと言い放つ。  いつものようにあしらえばいいのに、これが最後になるかもしれないと思うと、返す言葉を失ってしまった。  これが最後になるのなら――『行ってらっしゃい』の後に、もう二度と『おかえり』を告げることができないのなら。  ほんのわずかな間だけでも、私は自分の心を隠すことなく、もっと素直に、思い通りに大和と向き合ってもいいと思う。
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