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「ふぅん?」  悩む私とは対照的に、大和は感情の読めない相槌を打ちながら、シンクで手を洗っている。  彼は私の胸が今にも壊れてしまいそうなほどにうるさく鳴り続けていることなど知りもしないだろう。  いつも通りの大和の姿に肩の力が抜けて、ゆるい笑みが出た。  祖母の話を聞かせてから、大和があんまりにも料理の邪魔するようになってしまったから、そのうち私はキッチンに椅子を置くようになった。  それ以降、大和は暇さえあれば私が料理をしている間、その椅子に座ってビールを飲みながら他愛のない話を投げかけてくるようになった。  愛おしく、そして決して得難い美しい記憶。 「大和、ここにいるんだったらいいこで椅子に座ってビール飲んでてね」  今日もそうしてほしくて、――ただ近くにいてほしくて、顔を上げることなく告げた。 「んー」 「んーってなに?」 「ひかり、こっち見て」  いつもの呼びかけに仕方なく顔を上げて振り返る。その先に立つ大和の姿に思わず目が点になってしまった。 「……なにしてるの?」 「料理準備」  以前大和が珍しく飲み会に参加して酔っ払って帰ってきたことがある。そのときなぜかお土産として彼に手渡されたエプロンはフリルたっぷりの桃色で、私にはあまりにも似合わないからキッチンにひっそりと置いていた。  そのエプロンをかけた大和が真顔で私の反応を見つめている。 「形から入るタイプだ?」 「俺に似合いそうだと思って」 「大和はなんでも似合うね」   あまりにもちぐはぐすぎて、笑いを堪えるのに必死だ。それなのに大和はますます私に近づいて、私の肩に手を置いた。
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