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「これは、もはや勝手に着せてるからね」 「ひかりセンセーが揚げ物とか、危ないだろ。怪我したら説教する」  以前私がはねた油で指先を火傷した事を覚えているのだろうか。後ろから私の腰に手を回した大和がエプロンの紐を結ぼうとしている。背中にぴったりと体が触れて、右耳のすぐ横に大和の呼吸が伝わった。  彼の香水の匂いが鼻をかすめて、こりもせずに胸がうるさい。もう、キッチンに立っているだけで胸のときめきが空気に反響して、大和の耳に伝わってしまいそうだった。  伝わってしまえばいいのに、なんてことを、好意を伝える気のない私が考えるのはおかしい。  大和のそばにいる時、私の精神は理性や理論では説明ができない反応を起こす。  それを他人に知られることが心底恐ろしいのに、一方で、大和の魅力に触れられる一瞬を宝物のように抱きしめていたいとも思う。 「……自分で着られるのに」  呟くと同時に大和の手が紐を結び終えて、力を込めて抱きしめられた。大和はいつもあたたかい。優しい胸に抱かれて、とろけてしまいそうだ。  そのままいっそ、なくなってしまえたらいいのに。
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