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心臓はうるさくて、素知らぬふりをするだけでせいいっぱいだ。胸が苦しくて、逃げ出してしまいたいとも思う。
けれど、私と大和の生活に残されたあと少しの間をめいっぱい楽しく過ごすと決めたから、逃げ出したくなる足に力を込めて後ろを振り返った。
至近距離に大和が映る。大和は私の言葉にも機嫌を損ねることなく、口元に笑みを描いていた。
愛しむように優しい目で見つめられるとだめだ。
「毎日思ってるからかもな」
ふざけているわけではなく、本心から言っているのだと思わせるような真っ直ぐな目だ。
そらすことができずに唇を噛むと、大和が親指の腹で私の下唇に触れた。今からキスをすることを予告するようにも、私が唇を噛むのを優しく咎めているように見える。
彼の瞳の熱に耐えられずに視線を逸らす。
「……恥ずかしくなってきた」
「うん、顔赤いわ」
「なんで言うの」
「珍しくひかりが照れてんのが可愛いから? あとエプロン普通に似合ってるし、気分いいから?」
恥ずかしいと言ったはずなのに、大和はますますまじまじと私を見つめている。
「かわ、いくはない、し。このエプロン、……似合ってる?」
「え? すげえ似合ってんじゃん。嫁がアイドル顔だっつったら後輩が押し付けてきたやつだって言わなかったっけ」
まさか、大和が私について後輩と会話をしているとは思いもしない。それどころか、大和の私への評価さえ今初めて聞いた。
これが冗談なのかそうでないのか、相変わらず全く判別がつかない。思わずぽかんと開いてしまった口を大和に笑われた。
「アイドル顔……?」
「アイドルみたいな顔」
言い直さなくてもわかることを言い直されて、思わず絶句してしまった。
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