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出るか出ないか。散々ためらって、いつの間に足が止まっていた。
最後までの間、少しでも楽しい記憶を残したい、なんて、ばかばかしい。別れに美しいものなんてあるのだろうか。
きっとどこにもない。私はただ大和に嫌われる勇気を持たなかっただけだ。
本当は、嫌われてでも正しい道を歩ませるべきだ。マネージャーとしてこの仕事に関わる私なら、知っている。
――それなのにどうしてかな。大和のことになるとどうしても難しくて、答えを先延ばしにしてしまった。
耳元に大和の熱苦しい声が響く。丁寧に私を呼ぶその声が、どうしても消えてくれない。
愛おしくて、残酷な記憶だ。
綺麗な記憶になんてできないとわかっていたのに、私は思うまま中途半端に彼に触れて、結局遠ざけた。
終わりは近い。
「ごめん、ごめんね」
ぽつりと呟くと、アスファルトに雨が滲んだ。それなのに顔を上げても空は快晴で、どうして雨が溢れたのか、考えるのをやめた。
痛む心を無視して、振動する携帯を鞄の中に放り投げる。その瞬間、ディスプレイに彼からのメッセージが届いて、見なかったふりをした。
『ひかり、ちゃんと無理しないで帰ってきて』
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