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 こういう時ほど仕事は忙しくて、考えをまとめる暇もない。  出社して早々、またしても相原が腰の調子を悪化させたことを聞き、彼の代打を任される。  私をスカウトした彼も今では取締役の一人で、実に多忙を極めている。そのため受け持ちのタレントの数は少ないものの、事務所から特に期待されている若手が多く、フォローは必須だ。 「花宮さん! お久しぶりです」 「漣くん、いつも突然の代打でごめんね」 「イエイエ、むさくるしいオッサンと二人じゃなくなってむしろせいせいしてますからね」  快活に笑う岡田漣につられ、こちらも笑みが浮かぶ。地方巡業に付き合ってから、彼はしばらく映画の撮影で顔を合わせる機会がなかった。  いつの間に髪色が黒に戻っていて、すっかり好青年らしい見た目になっている。相変わらず彼は同じブランドもののキャップを目深にかぶっていて、車に乗り込むとすぐに脱いで運転席へと身を乗り出してくる。 「黒、似合うねえ」 「え? マジで? あざっす。次の仕事の関係で黒にされたんですけど、かなり久々です」  敬語とタメ口が混ざるのを見ると無意識に唇の端が持ち上がってしまう。彼とは前回の巡業でかなり打ち解けたつもりだ。
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