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「手え、そろそろ離せよ。困ってるように見える」
「え? ああ、ひかりさんごめん! 大和さんに会えたのがうれしくて」
大和の言葉でようやく手が解放される。岡田は私の袖を握っていることも忘れて会話に集中していたことが恥ずかしいのか、顔を赤く染めて頭を下げてきた。
「ああ、うん。大丈夫だよ」
「へへ、よかった。そうだ、大和さんに紹介しようと思って。ひかりさん、うちのマネージャー。可愛いっすよね、狙っちゃダメですよ」
自慢げに肩を抱かれて、思わず大和の目を見てしまった。
真っ直ぐに射抜かれて、息が止まってしまいそうになる。何を考えているのかわからない。黒々と光る目が私をじっと見下ろして、あっさりと視線が離れた。
その瞬間滞っていた呼吸が戻って、慌てて頭を下げる。
「……いつも岡田がお世話になっております」
おかしな挨拶だ。私も大和も、おそらく溝口も違和感を押し隠している。誰一人としてその違和感を口にしないのは、ここで私が大和の結婚相手だということが知れても誰も幸せにならないからだ。
「いえ。こちらこそ。いつも世話になってます」
あくまでも淡々とした他人行儀な言葉だ。きっと出逢い方が違ったら、この言葉にこんなに違和感を覚えることもなかったのだろう。
私の瑣末な感情を置き去りにして、大和はすぐに岡田へと視線を向けた。
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