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よほど落ち着かないのか、彼は私のスーツの裾を掴んで左右に引っ張っている。その手をさりげなく止めて、不安そうな顔を覗き込んだ。
「やばいよね? 今から断れる保険ある?」
「マネージャーから呼び出し食らった作戦?」
「それで行かせて欲しい……」
本当に弱っているようだ。ずっとそばにいると言っておきながら、あっさりとここを離れた私が悪い。あまりにも可哀想で項垂れる頭を撫でると、岡田は少しだけ元気を取り戻したらしく、深くため息を吐いた。
「やばい、この感じじゃ呼び出しくらったってか、俺がひかりさんの浮気現場見てめちゃくちゃ凹んだみたいになってない?」
「うわきげんば?」
「金城さん顔めっちゃ赤かったじゃん、二人で戻ってきて怪しい」
「いや、まったく怪しくもやましくないよ」
まさかそんなふうに見えているとは。絶句しそうになって答えると、彼は一人で納得して頷き始めた。
「なんか大丈夫かも。うん、この線でいこう。浮気されたっぽくてショック受けてる俺とめっちゃ慰めてくれる優しいひかりさんで、落ち込みすぎてるから楽屋に引きこもってる設定」
「細かい……」
意外に凝り性らしい。もはや突っ込む気にもなれずに頷くと、ようやく彼は本来の明るさを取り戻したらしく、台詞合わせへと向かって行った。
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