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「ごちそうさま」
「寝るって言ったのに」
「連絡忘れてた罰の分と、褒めてくれて嬉しかった分?」
「罰でもキスするの?」
「するだろ、口実があればいつでも」
「そういえばキス魔だった」
「ひかり限定でね」
そういう演技、もういらないよ。
「ひかり?」
「次はちゃんと、出張だよって、言う」
「わかればよろしい」
「来週の木曜から二週出張」
「は?」
どうしても、胸の内に絡まる痛みを口にすることはできなくて、目をそらすように告げたら、大和はわかりやすく呆れた顔をして私を抱きしめた。
「ひかりの事務所、マジでつぶれたほうがいいわ」
「あはは、最大手だからたぶん無理」
「嫁不足で俺が倒れたらどうすんの」
「それはうちとしては助かるよ」
「そういう戦略かよ」
細やかに笑っていた。当たり前のように私が必要なフリをする。私の毛先をくるくると弄んで、私の肩口に鼻筋を押し付けて、めいっぱい私の匂いを嗅いでいた。好きを表現するのが恐ろしく上手で、私はここから抜け出せなくなる。
「じゃあ、その出張が終わったら」
「うん?」
「俺にもひかりの時間くれねえ?」
「ええ? セリフ合わせ?」
「んなわけあるか。普通に、ひかりと二人になりたいだけ」
これまでずっと、苦しいほど二人だったのに、大和の人生にそんな時間は必要だろうか。
「ええ?」
「決まりな。じゃ、マジで寝よ」
「あ、こら。勝手に決めて」
「おやすみひかり」
「……おやすみ、大和」
願わくば、今宵のあなたの夢に私が出てきませんように。祈りながら目を閉じると、微かに彼の手に体を引き寄せられた気がした。
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