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すぐに手を離して、寝室を後にする。
静かなリビングに戻って、ソファに用意しておいた仕事用のバッグに手を伸ばした。
「晶、」
その瞬間、右耳のすぐ横で低くかすれた声が響いた。
「わっ、」
まったく予想していないタイミングで言葉を吹き込まれ、危うく転びかけたところを危なげなく腰に手を回して抱き起された。そのまま逞しい腕が私の体を引き寄せて不機嫌そうに囁く。
「あんなんじゃ聞こえないっつうの」
「お、きてたの」
「起きた」
「じゃあ聞こえてたんじゃないの」
「触られて起きただけだわ」
――じゃあ、触らなければよかった。
喉元まで出かかった言葉を飲み込んでいるうちに、体をくるりと回されて不機嫌そうな男と視線がぶつかる。男はこの世の至宝のような顔を、わかりやすく顰めている。
「しわ、できちゃうからね」
慌てて心に浮かんだ言葉をかき消しながら寄せられた眉間を撫でると、男は一瞬しわを失くしてから、気を取り直すようにもう一度顔を顰めた。
「誰のせいで」
「えー……、私?」
「他に誰がいんだよ」
「大和はお友達、たくさんいるでしょう」
男――星 大和は見目麗しく、社交性もあり、交友関係の広い人だ。私とは正反対のタイプで、見ているだけで目がつぶれてしまいそうだ。そう思うのに、私はもう三年もこの男の隣に住み着いている。
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