3

1/15

813人が本棚に入れています
本棚に追加
/161ページ

3

 事の重大さに気付いていながら、結局私は、すべての違和感を知らぬふりをして通り過ぎてきた。  星くんとの生活は穏やかで、決して何者にも干渉されることがない。  部屋は静かで、テレビは物言わぬオブジェだ。カーテンは閉めきられていて、私と彼を照らすのはいつも間接照明の優しい光だけだった。  音を発するのは私と彼だけで、日々がゆっくりと進んでいく。  この静謐な部屋の中で一番に気づいたことは、少し前まで簡単にできていたことが、いつの間にか私の手のひらからこぼれ落ちていることだった。 「ほ、ほしくん、」 「うん? どうしたの」 「わ、わたし、これ、なんでだろう、なんでかな」 「ひかり、大丈夫だから、聞いてるよ。ゆっくりでいい」  そのことに気づいて私が途方に暮れても、彼は決して呆れたり、面倒くさそうにしたりせずに私の隣にいた。 「わたし、これ、できない。できない、の」  できない、と口にするのがあまりにも苦しくて、話しながら涙を止めることができない。星のように美しい人が、どうしてか私を抱きしめて、私の背中を撫でている。  世界のすべての人に注目されて、脚光を浴びるべき人が、私以外誰もいない薄暗い部屋の中で生活している。
/161ページ

最初のコメントを投稿しよう!

813人が本棚に入れています
本棚に追加