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「わたしの、せいで」
「ちがうだろ」
「ちが、わ、ないっ、わたし、こんなわたし、もう、いらな」
「違うよ。違うに決まってるだろ。……ひかり」
もう、いらない。そう叫ぼうとした瞬間、脳裏に浮かんでいる言葉をかき消すようにうなじを撫でられて、声が出なくなった。
「昌」
名前を呼ばれるだけで、どうしてこんなにも胸が熱くなるのだろう。使い物にならない鈍い頭で一生懸命考えて、ようやく思い出した。
この世界に、私の名を呼んでくれる人はもう二度と現れないと思っていたからだ。
だだをこねることも忘れて、彼の広い背中に腕を回した。大きくて温かい。彼は生きていて、私の目の前にいる。
「できなくていいんだよ。無理してやろうとしなくていい」
「でも、」
「ひかりが死ぬほど頑張ってきたから、いっぱい傷つけられすぎたから、だからひかりは疲れて、今は何もできない気がしてるだけだよ。――ひかりはできる。すごいやつだし、必要な人だよ」
どうして断言できるのだろう。おかしなことなのに、彼の言葉には無条件に人を信じさせる力があった。優しい言葉が胸に響く。
心が震えるという言葉の意味を、私はこのとき初めて知った。
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