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 彼女はその言葉のとおりに数多の仕事を受け続け、今もこの業界で生き続けている。 「お好きなタイミングでどうぞ」 「うん、」  しかし彼女は相談があると言い出しながら、長い間話し始めることもなく、もごもごと口を動かしては閉じることを繰り返していた。  そのうちに車がスタジオへとたどり着き、私たちは彼女に用意された楽屋に入って腰を落ち着けた。  メイクを施されていない、彼女自身のナチュラルな色合いの睫毛が頬に影を落としている。  愁いを帯びた顔を見つめつつ、ゆっくりと口を開いた。 「どうしたの。いつでも聞くよ」 「……じゃあ、言うけど」  タレントからマネージャーへ個人的になされる相談というのは、大抵がその私生活についての報告だ。特に岡田漣や水野愛子のような、容姿の美しさを武器にした活動をしているタレントについては、だいたい同じ方向性の報告になる。  それを知っていて、あえて言葉にしなかった。  世界にただ一人でも、その報告を受けた誰かが己の心を祝福をしてくれるという経験を、決して手放さずにいて欲しいからだ。 「……ごめん、晶さん。私、好きな人、できちゃった」  この相談を受けるとき、いつも相手は深刻な顔つきをしている。美しい顔を歪めて、迷子の子どものように私に囁く。  恋愛をしていることを謝らなければならない仕事なんて、この世界のなかで、おそらくただ一つだけだろう。  自分自身を武器にする仕事だ。彼らは脚光を浴び続けるために日夜努力を惜しまず、血反吐を吐くような思いでカメラと対峙している。
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