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見なければ心が痛むこともない。そうだと知っていて、どうしても見ることをやめられなくなった。
これ以上、私の知らないところで、私の大切な人が傷つくことが恐ろしいからだ。
水野愛子は華やかな見た目とは裏腹に、まじめかつ負けん気の強い女性で、演技以外で涙を流したところは一度も見たことがない。だが、それが彼女の心が屈強で、何にも揺れ動かないためだとは思わない。
人の心を震わせる演技ができる役者というのは、皆心が繊細で、透き通っている。そのような感受性の豊かな人が、浴びせられる罵詈雑言に何も感じていないはずがない。
自嘲する彼女の瞳は、私のよく知った人の過去の表情と重なって見えた。
『当然だろ。俺はあいつほど優秀じゃない』
あの日耳に突き刺さった言葉が脳裏を過って、頭に浮かんでいた言葉が抜け落ちてしまった。
「水野愛子さん、そろそろ移動お願いします!」
「あ、」
水を打ったような静けさの中、突如ドアの外から声をかけられて、すぐに彼女が立ち上がる。
「ごめん、今のなし。……今日、ここから漣くんの現場行くんだよね? 気を付けてね」
「愛子ちゃん、ちょっと、」
まるで聞いてほしくなかった話を聞かせてしまったみたいに、私の顔を見ず、楽屋を出ていこうとする。彼女の言うとおり、この場を逃せば次に会えるのはまた明日になる。
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