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携帯電話を携帯しなくなって久しい。この家で蹲っている間はまったく必要のないもので、さらに言うと心の調子を崩している間、それを目にすることは苦痛以外の何物でもなかった。
明るい光を発するもの、忙しない物、音を発するもの――。すべてが私には難しくて、向き合うことができずにいた。
『ひかり、これはここにしまっておくから。必要な連絡があったら教える。なければ触らないし、勝手に使ったりしない』
『もう、みなくて、いい?』
『うん。見なくていい』
その言葉を聞いたとき、一抹の寂しさを覚えるとともにどれほど安堵したことか。
もう、社会との関係が断たれたのだという安堵と、孤独に対する不安が綯い交ぜになって、言葉にできず涙を浮かべると、彼は優しく私の身体を抱きしめて囁いた。
『使いたくなったらまた使えばいいよ』
『でも、もう……、だれも、連絡できる人、いないや』
社会にうまく適応できなくて、優しい、温かい部屋で蹲っている。
この時の私は己の情けなさに耐えかねてつぶやいたのに、彼は決してそれを馬鹿にしたり、なじったりせず、抱きしめる手を緩めて私の目を真正面から見つめた。
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