4

2/18

816人が本棚に入れています
本棚に追加
/166ページ
 携帯電話を携帯しなくなって久しい。この家で蹲っている間はまったく必要のないもので、さらに言うと心の調子を崩している間、それを目にすることは苦痛以外の何物でもなかった。  明るい光を発するもの、忙しない物、音を発するもの――。すべてが私には難しくて、向き合うことができずにいた。 『ひかり、これはここにしまっておくから。必要な連絡があったら教える。なければ触らないし、勝手に使ったりしない』 『もう、みなくて、いい?』 『うん。見なくていい』  その言葉を聞いたとき、一抹の寂しさを覚えるとともにどれほど安堵したことか。  もう、社会との関係が断たれたのだという安堵と、孤独に対する不安が綯い交ぜになって、言葉にできず涙を浮かべると、彼は優しく私の身体を抱きしめて囁いた。 『使いたくなったらまた使えばいいよ』 『でも、もう……、だれも、連絡できる人、いないや』  社会にうまく適応できなくて、優しい、温かい部屋で蹲っている。  この時の私は己の情けなさに耐えかねてつぶやいたのに、彼は決してそれを馬鹿にしたり、なじったりせず、抱きしめる手を緩めて私の目を真正面から見つめた。
/166ページ

最初のコメントを投稿しよう!

816人が本棚に入れています
本棚に追加