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 くる、と思った瞬間、無意識に手が彼の胸を押していた。  呆気にとられる大和を尻目にバッグを引っ手繰って、玄関へと向かう。一度も振り返らずにパンプスに足を入れて立ち上がり、すぐにドアに手をかけた。  そのはずが、ぐっと力を込めた手を思いっきり上から掴まれる。 「ひかり」  大和の手は私の手とは比べ物にならないくらい美しく、それでいて大きい。この世のすべての美を詰め込まれた彼には妥協された要素が一つも存在しない。  その手が注意を引くように私の手の甲を撫でるのが見えた。 「な、に」 「帰ってくんのが遅くても、絶対出かけるときは起こして」 「……大和は体が資本でしょ」 「これから激務に行く嫁を見送るくらいの甲斐性はあるつもりなんだけど」  そんなこと、言われなくても知っている。だから起こしたくないのだ。  すべての感情が言葉にするには重たすぎて、結局私は何も言えずに首肯して後ろを振り返った。 「わかればよろしい」  至近距離に大和が立っている。眠そうな顔をしているくせに、私の言葉を待っているようだった。 「じゃあ、行ってくるね」 「ん。気を付けて。そんで帰ってきて」  彼はいつも同じ言葉を口遊む。  気を付けて、そして帰ってきて。  この言葉に頷くと、いつも満足そうに笑って私の頭を撫でた。 「じゃあよし」
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