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解放された手に安堵しているのか、それとも消えていく熱に寂しさを感じているのか、もうわからない。何もかもが目まぐるしくて、息をしているだけで精いっぱいだ。
「大和もお仕事頑張って」
精いっぱい心を込めてつぶやくと、大和はおかしそうに笑っていた。
「頑張ってほしいんならさ」
小さく笑って、もう一度手を伸ばしてくる。その手が何をしようとしているのか、もう何度もされているからわかっているはずなのに、結局避けることができなかった。
うなじを撫でられて、声を上げる間もなく唇を合わせられる。
「こんくらいサービスしてくれないの? ひかりちゃん」
「……キス魔」
「それは嫁限定の特技」
してやったりと笑う大和が優しく私の頬を撫でて、今度こそ手が離れる。
何度繰り返しても、ここで泣いてしまいそうになるから嫌だ。泣いて縋り付いてしまいたくなる私はどうかしている。
「はいはい、じゃあ、本当に行ってくるから」
嘘を吐くのが得意になってしまった。きっと私だけではなく、彼も同じだろう。
彼は間違いなく私以上に嘘を吐き続けている。微笑んでもう一度ドアに触れたら、今度こそ、大和は一歩後ろに引いてひらひらと手を振った。
「行ってらっしゃい」
「うん、行ってくるね」
◇ ◇ ◇
夜の街は美しくないし、目に毒だと感じるほどライトの光が喧しい。
人間の静脈のように入り組んだ道路にタイヤを擦らせて、ゆっくりと目的地へと車を走らせる。
迎えに行くべき相手が住んでいるのも街中だから、無駄に網膜を刺激する繁華街の信号に何度も足止めされる。
この瞬間が、たまらなく嫌いだ。
この街を横切るたび、いつも現実に頭を撃たれるような馬鹿馬鹿しい被害妄想に陥る。
「……きれいな顔」
深夜にもうるさく輝く特大のデジタルサイネージに映し出された顔を見上げて、思わず声がこぼれ出た。
美しい顔。この世の美を結集したかのような完璧な微笑み。心を掴んで放さない眼光の鋭い瞳。
すべてが少し前に部屋の中で見た顔と同じだった。
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