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「ひかり、涙とまった?」  触れられると、あれだけ荒れ果てていた心が優しく包まれるみたいに落ち着いて、いつの間にか涙はとまっていた。彼は私がようやく泣き止んだことを確認して、ますます嬉しそうに笑っている。 「よかった。ひかりの目、泣くとマジで落ちそうで心配になるんだよ。可愛いから絶対誰かに拾われるし、落とすなよ」 「なに、それ」 「笑ってくれるかと思って、ちょっとふざけてみたんだけど」  全然面白くないよって言いたいのに、唇が勝手に弧を描いて、笑いがこぼれ落ちた。 「おもしろく、ない」 「笑ってんじゃん」 「これは……苦笑だよ」 「マジで? ひかりの苦笑、可愛いじゃん」 「ねえ、それもギャグ?」  わざと私を笑わせようとしているのを知っている。途方もない優しさにあぐらをかいて笑ったら、彼は当然のように言った。 「こっちはわりと本音」  穏やかな笑みに見惚れて、心をかき消す。まるで、愛する恋人へのセリフのような言葉を囁くから、私は躍起になって胸に浮かぶ感情を無視しようと必死になっていた。  違う。これはそうじゃない。  そうやって彼の笑みに目を奪われる理由を砕こうとして、自分の心を隠すことに精いっぱいで、――私はこの時、口にするべきではない言葉をこぼしてしまった。  もしもこの世に過去に戻ることができる魔法が存在するのなら、私はまず両親と祖母、そして星悠翔を救って、この場所に戻ってくる。それからこの時の私を殴ってでもこの言葉を口にすることをやめさせたい。 「悠翔くんには、ぜんぜん、似てない」  今は亡き弟の存在が、いつも大和の道を歪めようとする。比較され続けて、謂れのない悪意を向けられ続けている。そのことをほんの少し前に知った私は、この言葉が彼を傷つけてしまうかもしれないことくらい、わかっていたはずなのに。  ほんの一瞬、彼の目に翳りが浮かぶ。それは瞬く間に消えて、大和は当然のように言った。 「当然だろ。俺はあいつほど優秀じゃない」  そういう意味で言ったわけではないと、すぐに叫ぶことができればよかった。それなのに私は瞬きの隙に見えた大和の痛みを堪えるような表情に、言葉を失ってしまった。 「大和さ、」 「……ごめん、俺のだわ」  結局私が声を上げる前に、大和の携帯が鳴る。  彼の目に、苦しみなどない。彼は優しい笑みを浮かべながら私の頭を撫でて言った。 「わるい、急ぎっぽいから出るわ」 「あ、ううん、気にしない、で」  私の返事を聞くと携帯を耳にあてながら背を向けた。そのまま玄関の方へと遠ざかっていく。  まるで真夏の雪のように消えてなくなった痛みの表情に、私はこのあと一年も経たずに、彼の電話を止めてでも想いを伝えるべきだったのだということを後悔することになる。
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