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「よし、じゃあどっかに飯食いに行くか」
「え? この時間から?」
「そう。ドライブスルーで大人買いして、海とか行かねえ?」
「うわ、夏っぽい。でもまだ春だよ」
「いつ行ってもいいだろ。デート誘ったのにすっぽかされてるし」
本気だったのか。思わず口に出してしまいそうで言葉を飲みこんだのに、彼は私の顔を見て笑った。
「なに本気だったのかよみたいな顔してんの」
「あ、いや」
「いつでも本気だよ、ひかりのことは」
そういうセリフは私には使わなくていい。鋭い痛みに顔を歪めそうになって、必死で堪えた。
「はは、ひかりちゃん、それは何の顔なわけ」
「ドライブスルーなら、おいしいコーヒーもつけてほしい、の顔」
すべての嘘を隠して笑ったら、彼は同じように笑みを浮かべて私の髪を耳にかけた。
「髪、ぐしゃぐしゃだった?」
「いや?」
「うん?」
「触りたかっただけ。……じゃ、いくか」
私の嘘に騙されて、鮮やかに笑いながら私の手を取る。彼の手は今日も温かくて、恋人のように指を絡めて強く握り直されると、堪えきれずに笑みが溢れた。
「何笑ってんの」
「なんか、なんだろう」
痛みじゃなくても、心の位置はわかる。それを教えてくれた人が、楽しそうに笑っていた。
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