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 信号機が青く色づくと同時に記憶からかき消すよう視線をそらし、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。  いかにも高級そうなタワーマンションのエントランスに車を横付けして、社用携帯から目的の人間を選んでワンコールする。  今日迎えにきた相手は、ワンコールですぐにエントランスまで出てきてくれるような優秀な人材だ。  案の定、その男は黒っぽいスウェットにキャップを目深にかぶり、さらにマスクで口を覆い隠した怪しげな格好でエントランスに降りてきた。  ドアのロックを解除しつつ窓を開けて手を振ると、怪しげな出で立ちでもわかるほど明るく俊敏にこちらへと頭を下げて駆け寄ってくる。  不審者と見間違われてもおかしくないような服装で当然のように後部座席に乗りこんだ彼は、私が窓を閉めたのを確認するとすぐにキャップとマスクを外して運転席と助手席の間から身を乗り出してきた。 「おはようございま~す」  彼の甘いルックスに合った実に可愛らしい挨拶の言葉だ。  思わず笑って振り返ると、ますます楽しそうに微笑まれた。二重瞼に覆われた瞳は黒々と光っており、笑うと犬歯がちらりと見えるのが何とも可愛らしい。
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