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 助手席のドアを開けられて乗り込み、シートベルトを装着しているうちに、運転席に彼が乗り込む。  彼は慣れた手つきでエンジンをかけて、私の方へと視線を向けた。 「俺は全然キスしたいけど」 「う、……ん?」  それが、少し前におかしいと言った私への返答だと気づくのに、三秒は必要だった。その間に彼は細やかに笑って私の髪を撫でる。 「覚えとけよ、これ常識」  大和の隣は目まぐるしい。あまりにも眩しくて、目がやられてしまいそうだ。そう思うのに、いつまでもしがみついている。何も言えずに黙り込むと、彼はもう一度私の頭を優しく撫でて、ハンドルを握った。 ◇ ◇ ◇  車内にはいつも音が流れない。私も大和もそこまで口数の多い方ではないから、私たちの間には常に穏やかな静寂があった。  深夜の街は、やっぱり目に痛いほど眩しくて、コーヒーを飲んでやり過ごしながらぼんやりと外の景色を見つめている。  深夜のドライブに連れ出される時は、大抵私に悩みがある。彼の観察眼にはいつも驚かされて、気付かれないように必死に取り繕っているのに、今回もうまくいかなかった。  隣で同じようにアイスアメリカーノを飲みながら運転する大和をガラス越しに眺め、重い口を開く。
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