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「もう大丈夫なのに」  つぶやいた声が小さすぎて、誰にも伝わらずに消えてしまう。一言事実を告げればいいだけなのに、私はそれができず、ここまで引き延ばしてきてしまった。 「もう、大丈夫」  大和なら、私のように何度も練習しなくともこんな簡単な一言なら、平気で言えるだろう。笑顔を作って、相手に不信感を抱かせることなく言えるはずだ。それなのに、私はもう一年以上もこのベランダでこの言葉を練習している。  しばらく練習を続けて、大きく息を吐いてから抱えるようにしてベランダの手すりに寄りかかり、ため息を吐く。 「ひかり」  その瞬間、背後から声をかけられて思わず肩が震えた。  いつもより少し大きな声で私を呼んだ彼は、すぐに私の体を起こして彼の方へと向き直らせる。瞬く間に視界の中心に寝癖をつけた美しい男の顔面が映り、わずかに息が止まった。  失敗したと悟るのは早かった。それと同時にすぐにへらへらとした笑いを張り付けて口を開いた。 「大和? おはよう……?」  曖昧に陽の光が差し始める。地平線の彼方から顔を出した光は穏やかに彼の表情を彩っていた。  彼は私の気の抜けた挨拶にしばらく黙り込み、結局何も言わずに強く私を抱きしめる。 「うっ、痛い」 「……あっそ」 「痛いって、ば」 「はあ……」 「ため息?」
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