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思い出して、珠夏は当時の自分を呪った。
あのときは完全に雰囲気に呑まれていた。はい、なんて返事をしなければ良かったのに。
彼も彼だ。なんで抱きしめるなんてことしたんだ。
思い出しただけで顔が熱くなる。顔を両手で覆い、長椅子に倒れ込んだ。
だが、そうしていてもなにも解決しない。
着物の合わせ目に入れていたスマホを取り出す。圏外の表示を見て、ため息をついた。
あのとき、珠夏が結婚を了承したため、婚約が成立した。
高校を卒業するとすぐに婚姻届けを書かされた。
珠夏が大学を卒業するまでは別居、と親同士で決められていた。
だから、珠夏は焔宮から虎守に苗字が変わったものの、生活は変わらなかった。
入れ違うように大学を卒業した彼は、親の経営する会社に就職し、すぐさま海外支社に転勤となった。
そのため、会ったのはお見合いのときとプロポーズされたときの二回だけだ。
彼からの連絡はなかった。
三回目に会ったのが結婚式のとき。
そのときすでに彼は起業しており、呉服業だからと白無垢を用意され、着せられた。
式の日からは彼の家に住むことになっていた。
ちょっと待ってほしい、という珠夏の意志は汲んでもらえなかった。
お前だけの結婚じゃないんだ。
両親にそう言われて、なにも言えなくなった。
姉だけは自分の味方をして両親を止めようとしてくれた。
姉は珠夏が猫に襲われて以来、過保護だった。
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