猫嫌いの朱雀の娘は白虎の次期当主に執愛される

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「あなたから来るとは珍しい」  彼は微笑した。二十七歳には見えない落ち着いた微笑みだった。次期当主としての品格を備え、堂々としている。  珠夏が答えられずにいると、彼はさらに言った。 「着物、似合っているよ」 「ありがとうございます」  花をあしらった緋色の正絹(しょうけん)の袷に、柚葉(ゆずは)色の帯を締めていた。半襟にも同色の刺繍が入っている。帯締めは金と朱の絹糸(けんし)()り合わせたものだった。  すべて彼の見立てだった。この屋敷に来てからずっと、彼に与えられた着物ばかりを着ている。  珠夏は気になるものを見つけてそちらに目をやった。  衣桁(いこう)に掛けられた白い着物だった。白無垢だ、とすぐに分かった。自分も先月、彼との神前式で着たばかりだ。 が、これは自分が着たものではない。吉祥文様の図案が違っているし、煌めくストーンがあしらわれ、いっそうに華やかだ。誰のための白無垢だろう、と珠夏は悲しく眺めた。  耀斗は呉服を製造、販売する会社を経営している。彼が起業して軌道に載せたという。  だから仕事の品かもしれない。だが、職場ではなくわざわざ部屋に置いてあるのだ、特別なものに違いない。 「ああ、これは今度の展示会で行われる新作発表会に使う着物だよ。昔のファッションショーはラストをウェディングドレスで締めたというから、白無垢で最後を飾ることにしたんだ。ダイヤを縫い付けるなんて普通はしない。白虎は金属の属性、鉱物も我らの属性のものだから、象徴的に付けてみたんだ」  珠夏の視線を追った彼はそう説明した。 「それで、ご用件は?」  聞かれて、珠夏は震える手をもう片方の手でおさえた。
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