小さな予感(2)

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小さな予感(2)

「アイリス様、大変ご迷惑をおかけいたしました…………、馬車に同乗させていただいて、心から感謝いたします」  馬車の中で、アナ・ウェズリー伯爵令嬢は、申し訳なさそうに、その艶やかな黒の巻毛を揺らして、頭を下げた。 「アナ様、お気になさらず。お怪我などはありませんか?」  問われて、アナはそっと首を振る。 「大丈夫です。本当に、お恥ずかしいですわ。実は……今日の夜会に向かうあの馬車の中で、婚約者に、突然、婚約破棄されたのです。真実の愛を見つけたとか、なんとか……バカにしていますわ。わたくし、あまりにびっくりして、もうあの場にいたくなくて。でも、無茶なことをしましたわ。反省しております」  そう言って、アナは眉を下げた。  アイリスも内心はびっくりしていたが、それは表に出さず、そっとアナの手を握った。 「それは動転しますわ。アナ様、この後は……?」 「別の馬車で、両親も王宮に向かっているはずですの。王宮に着いたら、まず両親を探しますわ。今は、婚約者には会いたくありません。もうたくさん」 「アナ様、わたくし達もお手伝いいたしますわ。ご両親を見つけましょう」  アイリスの背後で、セイラもこくこくとうなづいていた。  そんな2人に、アナは弱々しい微笑みを見せた。 「アイリス様ーー、本当にありがとうございます。わたくし、恥ずかしながら、アイリス様のことを誤解していました。完璧なお姿のとおりーー冷たい、人間味のないお方なのかと。噂を信じたわたくしが愚かでした……」  アナはそう言って、何度も頭を下げたのだった。  * * *  幸い、ウェズリー伯爵夫妻は、すぐ見つかった。  涙を流す娘をしっかりと抱きしめて、伯爵夫妻は、アイリスとユーグに何度も礼を述べた。  まず控室に行って、アナの身支度を整えてから、ひとまず予定どおり夜会に参加するという。 「国王陛下のご挨拶まではいませんと」  アナの父であるウェズリー伯爵はそう言って、労りを込めたまなざしで娘を見つめた。 「後のことは、屋敷に帰ってから、家族で相談します。アナは幸運でしたよ。居合わせたのが、あなた方で幸いでした。アイリス嬢、あなたは思いやりのある、とてもしっかりとしたお方ですね」  最後にもう一度、アイリスとユーグ、それにセイラにも礼を述べて、ウェズリー伯爵は妻と娘を伴って、控室へと向かって行った。  そんな彼らの後ろ姿を見つめながら、セイラがつぶやいた。 「きっと大丈夫よ……、人生はいつでもやり直せるわ……」  艶やかな黒い巻毛が揺れる、小さなアナの後ろ姿。  アナを大切に両側から支えながら歩く、ウェズリー伯爵夫妻の姿。  その時の光景は、なぜか、いつまでもアイリスの心に、残ったのだった。
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