その時起こったこと(1)

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その時起こったこと(1)

 ノーフォーク侯爵家では、準備が整っていた。  侯爵が早馬を王宮から送り、全ての準備を取らせたのだ。  アイリスが両親に付き添われて屋敷に戻った時、屋敷の使用人達はすでに居間を温め、ソファに枕と毛布を用意し、メイドはアイリスのために温かな飲み物を、侯爵夫妻のために気つけのワインを用意していた。  もちろん、アイリスの寝室はいつでも彼女が休めるように整えられている。  侯爵はアイリスを再び抱き上げて、屋敷の中に運び、侯爵夫人はユーグに支えられながら後に続く。  その後を、アイリスに従っていたメイドのセイラが、アイリスの手荷物を持って、足早に続いた。 「アイリス、まだ頭が痛むかね? 気分はどうだ?」  侯爵はアイリスをそっとソファの上に下ろすと、セイラがかいがいしくアイリスにブランケットをかけ、飲み物を差し出した。  意識を取り戻してからというものの、アイリスはまるで幼い少女に戻ったように、あどけなく見えた。  今も、あんなことがあったのに、どこかニコニコとして、両親を見つめ、嬉しそうに自分を世話するセイラやユーグに笑いかけるのだ。  アイリスに何が起こったのか。  本当に、ショックで記憶を失ってしまったのか。  誰もが心の中で思いつつ、言葉にする勇気がなかった。  これはおかしい。  あんなことがあって、なぜ、アイリスはニコニコとして、誰にでも優しく話しかけられるのだ。  まるで、何事も起こらなかったかのように。 「ア、アイリス、もうすぐ、お医者様が来ますからね? 念のために、診ていただきましょうね、大丈夫?」  恐る恐る侯爵夫人が話しかけると、アイリスはこくんとうなづいて、「はい、お母様」と言った。  ますます心配げに、侯爵夫妻とユーグが目を合わせる。  一方、アイリスはあまり気にしていないようで、ゴソゴソとブランケットの下で動くと、履いていたハイヒールを脱いで、ことん、と床の上に落とした。 「えへ、失礼いたしました。窮屈だから、脱いじゃった」  恥ずかしそうに笑うアイリスに、セイラが慌てて駆け寄る。 「まあ、アイリス様。いつでもセイラを呼んでくださいね。セイラが、何でもご用をしますよ」 「ありがとう、セイラ。そういえば、これは何かしら」  アイリスは自分が握りしめていた紙を広げた。  エドワードがアイリスに投げて寄越した紙である。  アイリスはその紙を広げると、そこに『国外追放』の文字を見つけた。  さっとアイリスの顔色が変わる。  周囲の人々も慌てて、アイリスの手からその紙を奪おうとしたが、遅かった。  アイリスが叫んだ。
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