小さな予感(1)

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小さな予感(1)

「ノーフォーク侯爵令嬢、本日の護衛を担当するシンプソンです」  茶色い髪を短くカットした青年騎士がアイリスに礼を取った。 「ユーグ。ありがとう。よろしくね」  深い森のような色。  見慣れた、緑色の瞳をした騎士に、アイリスはすっと口角の上がった、端正な微笑みを見せた。  とはいえ、せっかくかしこまって、礼儀正しく苗字で名乗ったのに、いつも通りに気軽に上の名前で呼ばれて、ユーグ・シンプソンはちょっと困ったような表情を見せた。 「アイリス様。名前呼びを王子殿下が耳にすれば、不機嫌になられるのでは」 「今だけよ」  アイリスはそう言って、きっと本来の笑顔なのだろう、子どものような茶目っ気のある表情を一瞬浮かべた。  アイリスとユーグは、実は幼なじみ。  王都の騎士団長を務めるユーグの父と、アイリスの父は友人同士でもあった。  成長してからは、昔のように「アイリス」「ユーグ」とは言い合わないけれど、お互いによく見知った仲なのは変わらない。 「アイリス様、では参りましょうか」  ユーグが手を差し出し、アイリスが馬車に乗るのを手伝ってくれた。  付き添いのメイド1人とともに馬車に乗り込み、アイリスは王宮へ向かった。  今夜は、隣国であるノール王国から、現在ローデール王国を訪問中のノール国王陛下を招いての歓迎夜会が開かれる。  エドワード王子の婚約者であるアイリスも、当然、出席する必要があった。  王宮までは馬車でほんの20分ほど。  あっという間に着くはずだった。  しかし、今日は大きな夜会が開かれるだけあって、出席者の馬車が列になって進んでおり、いつもより時間がかかっていた。  その時。  ガタガタっ! と大きな音がして、馬車が急に止まった。  馬達が首を振り、足踏みをする様子が伝わってくる。人の叫び声も聞こえた。 「お嬢様、お怪我はありませんか?」  メイドのセイラが、すぐにアイリスに声をかけた。 「大丈夫よ。びっくりしたわね。何があったのかしら?」    2人が話していると、カツカツという音がして、馬が近づいてきた。  馬車の窓を叩く軽い音とともに、窓の外に馬に乗ったユーグの姿が見えた。  アイリスが窓を開くと、ユーグが言った。 「アイリス様、前の馬車でちょっとした事故があったようです。心配はありませんので、そのまましばらくお待ちください。私は様子を見てきます」 「事故……?」  そう言われて、アイリスは馬車の窓から、顔を出して、前方を見る。 「ア、アイリス様っ! 危ないですわ」  焦ったメイドの声が聞こえた。 「大丈夫よ、セイラ。ああ、あれね。前の馬車が急停車したんだわ。……え?」  アイリスは目を見開いた。  たくさんの馬車でごった返す王宮前の通り。  1台の馬車のドアが急に開いたかと思うと、1人の令嬢が馬車から飛び出そうとしたのだ。  慌てて、居合わせたユーグが、令嬢を受け止めたが、危ない。  乗降時には、馬車のドアの下にステップを置かないと、地面から高すぎるし、そもそも令嬢のドレス姿では、足元なんて見えないからだ。  無事に馬車から降りた令嬢は気が動転しているらしく、周囲も構わず泣き出してしまったようだ。  その令嬢の、見事な黒の巻毛に、アイリスは見覚えがあった。 「……あれは、ウェズリー伯爵家のアナ様じゃないかしら」
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