ノール王国国王歓迎夜会(2)

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ノール王国国王歓迎夜会(2)

 ほら、とアイリスに1枚の紙が投げつけられた。 「愚かで物覚えの悪いお前のために、書面にしてやった。『アイリス・ノーフォークとの婚約は破棄。王家反逆の罪にて、国外追放。侯爵令嬢の身分は剥奪』」  今や、夜会の会場は、一切の音もなく、静まり返っていた。  アイリスの目の前には、自分の婚約者である、エドワード王子が立っている。  ノーフォーク家に婚約の打診が来たのは、アイリスが8歳の時だった。  正式に婚約したのは、アイリスが12歳の時。  それから6年間。  正式に結婚する時のために、王妃殿下主導のもと、王子妃教育のために、王宮に通い続けた。  エドワードのために。  王子妃に、エドワード王子にふさわしいと思われるように、完璧な令嬢になろうと努力をした日々。  もしかしたら、エドワードに愛されてはいなかったのかもしれない。  それでも、同じ道を共に進む、同志愛は、友情はあると信じていた。  確かに、ここ最近、エドワードは自分に対して批判的な態度をよく取るようにはなっていた。  何かあったのだろうかと、思わなくもなかった。  それでも、少なくとも、憎まれているとは、思ったことはなかった…………。  アイリスはエドワードを見つめた。 (…………でも、今のあなたは、わたくしを憎んでいる)  意志の力を総動員して、ギシギシと音がするかのような、ぎこちないしぐさで、アイリスは体を屈める。  ぱさり、と床に落ちた紙を、アイリスは拾い上げた。 (婚約破棄……王家反逆……国外追放……身分剥奪……)  恐ろしい言葉が並ぶ文面。  その瞬間、目の前が文字通り真っ暗になった。  アイリスは動転する。 (だめよ。わたくしは侯爵令嬢) (こんなことで、気を失うなんて、弱者のすること。そんなこと……)  静まりかえっていたホールに、たくさんの悲鳴が響いた。 「アイリス!!!」  誰かが自分の名前を叫ぶ声が聞こえた。 (だめだわ)  自分の心臓の鼓動が、気持ち悪い。  アイリスは美しい紫色の目を閉じた。  周囲のざわめきが怖いくらい。  そんな中、自分に駆け寄ってくる、誰かの足音だけは、はっきりと聞こえた。  最後にアイリスは、馬車から飛び降りようとした、アナを思い出した。 (アナ、あなたも、こんな気持ちを味わったのね)  夜会に集まった、大勢の人々の前で断罪されたアイリスは、そうして、意識を手放した。
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