今まで見えていなかったもの(1)

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今まで見えていなかったもの(1)

 アイリスが意識を失っていたのは、時間にして、ほんの数分だったようだ。  まもなく、アイリスは床の上に横たわったまま、ゆっくりと目を開いた。  見えてきたのは、自分を取り囲む人々の、さまざまな表情だった。  そこには、彼らの、さまざまな本音が見えていたように思える。  自分を断罪するエドワードの目には、自分に対する嫌悪感が溢れていた。  エドワードの後ろに隠れて自分を睨みつけるリリベルには、満足げな表情が浮かんでいた。  最近、エドワードはいつも自分に批判的だった。  いつも冷静で落ち着いている表情は、愛想がない、冷たい、無表情と言われ。  自分の意見を出せば、可愛げがないと言われる。 (彼の意向に添えるようにと努力はしたけれど……)  一方、リリベルは。  アイリスは、リリベルのことを思い出した。  王子妃教育と、自宅での家庭教師の授業もあり、あまり出席できなかったが、アイリスは貴族の子弟が通う、王立学園にも籍を置いていた。  そこで、確かにリリベルを見かけた。 『怖い。睨まないでください』  突然そんな風に言われて、涙ぐまれたっけ。  なぜ、見知らぬ彼女にそんなことを言われたのかわからなかった。  授業が始まっても、他のクラスに所属している彼女が、アイリスのクラスの教室に残っていたので、自分の教室に戻るように言ったら、「陰険、意地悪」と言われたのだった。  廊下で、突然、「わたしの荷物を壊さないでください!」と叫ばれたこともあった。  驚いて立ち止まると、「わたしに触らないで! 痛いです!!」と涙を流し始めたっけ。  冷たい大理石の床の上に横たわりながら、今まで、些細なことと流していた記憶をアイリスは思い出した。  そして気がつく。  アイリスは目を見開いた。  リリベルと2人きりで会ったことはない。  彼女の体に触れたこともない。  彼女の持ち物に触ったことも、もちろんない。  ……そもそも、男爵令嬢のリリベルは、わたくしに自己紹介をしたことすら、ないのだ。  公式には、リリベルは、「わたくしの知らない人」。  なのにある時、彼女は突然言った。 『アイリス様、どうしていつも、わたしのことを睨むのですか!?』  思い出し始めたら、どんどん出てくるエピソードに、アイリスは自分でも言葉を失った。  ……どれも、おかしなことをする方ね、そう思ってやり過ごしていたけれど。  今、得意げな顔をして、エドワードの背後から自分を睨みつけるリリベルを見ると、自分の考えが間違っていたと思う。  やり過ごしてはいけなかった。  リリベルは、目的があって、そうした行動を取っていたのだから。
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