記憶から失われた、『王子様との婚約』(2)

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記憶から失われた、『王子様との婚約』(2)

 アイリスはエドワードを見つめた。  エドワードも、言葉を失って、アイリスを見つめる。  その瞬間、エドワードの隣から、イラついた声が飛んだ。 「ちょっと!! アイリス様っ!! エドワード様に勝手に話しかけないでちょうだいっっ!!」  アイリスが視線を下げると、顔を真っ赤にしたリリベルが、エドワードの腕を引っ掴んで、ぐいぐい引っ張っていた。  アイリスは首を傾げ、不思議そうにそんなリリベルを見ている。  アイリスを抱き上げている侯爵が、恐ろしい顔でリリベルを見下ろしているが、本人は全く気づいていないようだった。  やがて、アイリスは、あ、という表情に変わると、うなづいた。  微笑ましいものを見るような顔になる。 「まあ。ご令嬢をお待たせしてはいけませんわ、王子殿下。では、わたくし達はこれにて失礼いたします。さあ、お父様、お母様、ユーグ、参りましょう」  その様子は、不思議なことに、今起こったことに対して、アイリスの記憶がないとしか見えず。  エドワードは自分がそもそも全てのことを始めた元凶であるのに、動転してアイリスを追いかけようとした。 「待ってくれ!! アイリス……本当に記憶がないのか!? 私のことを忘れてしまったのか?」 「エドワード様っ!! そんなことはどうでもいいでしょう!? もうあんな女のことは放っておいて、ダンスでも踊りましょうよっ」  金切声を上げるリリベルと、彼女にぐいぐいと連行されていく、呆然とした様子のエドワード王子。  夜会会場はもう、混沌とした状況になってしまったのだった。  * * * 「これこそまさに、蜂の子を突いたような、騒ぎだな」  ここまで呆然として口を挟めなかったローデール国王夫妻の隣に座る、隣国ノール王国の国王が、呆れたように呟いた。 「まぁ、ご子息の自主性を重んじて育てられたのですなぁ。あんな状況になっても口も出さず見守る姿勢に、感服いたしました。はっはっはっ」  本日の主賓である。  このノール国王を歓迎する夜会だったはずだが、そのことはすっかり忘れられてしまっている感が会場に漂っていた。 「あの、エドワード王子に婚約破棄されたご令嬢は、ノーフォーク侯爵の娘さんですかな?」  ノール王国国王は、見事な銀色の髪に、人目を引く美貌の男性だった。  静かにしていても、妙な迫力があるので、実はローデール国王は苦手に思っていたが、そうも言っていられない。 「は、まぁ、婚約破棄、はエドワードが勝手に言っただけで、我々は何も……」 「ふ。貴殿はそう言っても、名誉を傷つけられた侯爵側の人間は、『あれは間違いでした』で済ませるわけにはいかないだろう。もちろん、アイリス嬢本人はもちろんのこと。夜会に出席した全員が見ていたわけですからな。もちろん、私も」  ノール王国国王の冷たい声に、ローデール国王は、思わず体が震えるのを感じた。 (それにしても、妙だった。あの時、私は確かに、魔法の気配を感じた。この、魔法がとうに途絶えた、ローデール王国で……)  ノール王国国王は、物思いに沈むように、こめかみを指で軽く叩くと、目の前に用意されていたワインに口を付けた。
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